仲の良いご近所さんからお花をいただきました。
ガクアジサイ、という、全体的にこんもりするアジサイと異なり、周りだけガクが発達した装飾花が縁取ってくれるお花。
普通のアジサイも豪華で素敵ですが、ガクアジサイの可憐な雰囲気、すごく好きです。
さてこの春、我が家では立て続けにものが壊れています。
大切なものが壊れると悲しいもので、思ったより寿命が短かったら「まだまだ使えてもおかしくないのに」と悲観するし、長かったら長かったで使え「こんなにも一緒に過ごしてきたのに」と、喪失感で心がいっぱいになります。
集中的にものが壊れる、という事態をあまり記憶していなかったので、ちょっと驚いているのですが、そんな出来事を通して、何かを失った時の自分が変わってきたことに気づいたので、今日はそのことについて記していきたいと思います。
最近壊れてしまったもの
パン焼き機
こちらはヨーグルト発酵機能がついたもので、しかも1.5斤サイズのパンが作れるという、5人家族の我が家にはありがたい製品だったのですが、最近ヨーグルトがうまく発酵せず、どうしたかなと思っていたんですよね。
ある日パンを焼いてみると、終了の音はなるものの、全然焼きあがっていない!
4~5年お世話になったでしょうか。どうやらもう、お別れ時を迎えたようです。
プリンター
こちらは突然、インクが出なくなりました。
それまでは何の問題もなく使えていたのに、本当に突然、かすれ文字もいいとこ…という状態の印刷物が出てきました…
ノズルクリーニングはもちろん、インクの交換もしてみたけれど、全く印刷できず…
こちらは7年ほどお世話になったでしょうか。
これまで英語のレッスンを提供するのに何かと助けてくれたプリンター。
引っ越しとともにレッスン数が減り、今年度からさらにレッスンが減ったので、お役目修了と思ったのでしょうか。
食器
今やっと落ち着いてきましたが、4月、5月はやたらと食器が割れてしまいました。
我が家のキッチントップはセラミックなので、気を遣わないと食器が割れやすいこともあり、気を付けて扱っていたつもりでしたが、小さな衝撃の積み重ねによるのでしょうか。
まだ購入して間もないお茶碗、お気に入りの紅茶ポットに使い勝手の良かったオフホワイト色のお皿。
以前下記記事で紹介させていただいた飲み物を入れるのにはもちろん、デザート作りにも大活躍していたボデガグラスも割れてしまい、「これからどの容器にかんてんぱぱ作ったらいいの!?」と悲しむ息子でした(^^;;
ものが壊れる意味
ものが壊れてしまうと、なんだかすごく残念な気持ちになってしまいますよね。特に、大切にしていたものだと、自分の手入れの仕方が悪かったのかなと、少し自分を責めてしまったり。
でも、スピリチュアル的には、良い意味が多いみたいですね!
よい出会いや金運上昇の前触れとか、書いてありました。根拠はなくても、なぜか前向きな気持ちにさせてくれるという不思議(笑)
残念な出来事をいい方向にとらえさせてくれるなんて、優しいな、スピリチュアル。
ものが壊れたら買いなおす?
ものが壊れたりなくなったりすると、皆さんどうされますか?
私は基本的には買い物が好きな上、普段自分が使っていたものがなくなると、結構不安になるタイプで、以前はすぐに買いなおしていました。新調する楽しさも大好きですしね。
でも、ここのところは向き合い方が変わってきていて。
何か壊れたり、なくしてしまったりしても、あえて買いなおさない、という選択をすることが増えました。
それまであったものがなくなる、というのは、不便さもあるので、気持ちの上では少しストレスですよね。
すぐ購入できるものなのであれば、買ってしまうメリットの方が大きいような、そんな気がします。
すぐに「ある」状態にすることができるなら、躊躇する理由がないですし、そこで立ち止まっているのって、ちょっと頑固なんじゃないの?と思わなくもないです(笑)
でも、簡単に「ある」状態にすることができる一方で、「ない」という状態って、ものが壊れたり、なくなったりしない限り、手に入れることができないよな、とも思います。
だって、物を手放すって難しいじゃないですか。
使っていないならまだしも、生活の一部になっているものを、自ら手放すことって、なかなかしないし、できないですよね。
だからものが壊れたり、なくなったりしたとき、理由がない限りは、「ない」状態を続けてみることが増えました。
正直この変化、自覚していなかったので、今回の出来事で気付き、とても驚きました。
ものの持ち方については、考え方が変化してきたな、と思っていましたが、所有していたものがなくなることに対する向き合い方が、軽やかになったんだな、と。
少し話がそれますが、藤井風さんの「満ちていく」という曲。
心地よい曲調と、寄り添うような歌詞と歌声に、この曲を聴くといつだってタイトル通り満ちていく。
そして同時に、この曲のようでありたいと願うのですが、今回気づいた自分の変化は、自分が少し理想に近づいた証のような、そんな風に感じています。
「ない」という豊かさ
以前、人と比べて、「私にはあれがない」「我が家にはこれがない」と、ないことを悲観していたことがありました。
そんな時母が「ないって豊かだよ」と言っていたことを、よく思い出します。
その時は「…?」と思ったのですが、なんとなくずっとこの言葉を覚えていて、ふとした瞬間に思い出しながら10年以上過ごしてきました。
そして多分私は今、母の言葉の意味を分かってきているのだと思います。きっと、心が豊かになってる…(^^)
ものが壊れたら、せっかく訪れてくれた「ない状態」を過ごしてみること。自分で気づいていなかった執着を手放すことができ、少し軽くなれるのではないかなと思います(^^)